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福岡地方裁判所八女支部 昭和31年(ワ)50号 判決 1957年12月08日

原告 八女大交金融株式会社

被告 国

訴訟代理人 小林定人 外一名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告は原告に対し、一二万五〇〇〇円と之に対する昭和三〇年七月三日から完済まで年六分の割合による金円を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」判決並に仮執行宣言を求め、その請求原因として

原告は、金融を業とする会社であるが、訴外財木善次郎に対し二六万一七四四円の債権を有し、該債権については既に確定判決を得ている。右訴外人は、久留米市に対して昭和三〇年七月二日受取るべき一二万五〇〇〇円の債権を有していたので、原告は、昭和三〇年六月三〇日福岡地方裁判所久留米支部に対し、右訴外人を債務者、久留米市を第三債務者とし、右訴外人が久留米市に対して有する右債権の差押命令を申請し、翌七月一日同支部は、同年(ル)第六四号を以て債権差押命令を発し、その正本の送達を執行吏役場に委任し、執行吏は、債権者(原告)と債務者(右訴外人)に対しては翌二日送達しながら、第三債務者(久留米市)に対しては同月六日ようやくその送達を了えたのである。右訴外人は送達を受けるや、直ちに久留米市役所に赴き、前記金円の支払を受けてしまつたので、差押は効力をあげ得なかつたのである。

債権差押命令正本の送達を委任された場合には、執行吏たるものは、同日に債務者と第三債務者に対し送達すべきであるのに、第三債務者に対する送達を遅らせたのであつて、原告は、執行吏の職務怠慢により、右金額相当の損害を受けたことになるので、本訴において被告国に対しその賠償を求めるものであると陳べ、

被告指定代理人は、主文同旨の判決を求め、答弁として

原告は、金融を業とする会社であつて、訴外財木善次郎に対し原告主張の債権を有していたことは認める。右訴外人が久留米市に対し原告主張の債権を有していたことは知らないけれども、原告がその主張のとおり、債権差押命令を申請しその正本がそれぞれ当事者に送達されたことは認める。然し福岡地方裁判所久留米支部は、第三債務者に対する送達だけを執行吏に委任したのであつて、債権者(原告)と債務者(財木善次郎)に対する送達までも委任したのではない。右財木が原告主張の金円を久留米市役所から受領してしまつたため、差押の効力が生じなかつたことは認めるが、右財木が右正本の送達を受けて直ちに久留米市役所に赴いたことを否認する。執行吏が第三債務者に対する送達を遅らせ、七月六日ようやくこれを了えたことは認めるが、執行吏の執務上の注意義務が原告主張の如くであることを否認すると陳べ、仮りに、執行吏が昭和三〇年七月二日右正本を第三債務者に送達したとしても、財木は、その送達前である同日午前九時から一〇時までの間に、久留米市役所において、原告主張の金円を受領したのであるから、執行吏が注意義務を怠づて第三債務者(久留米市)に対する送達を遅らせたことと、右財木が久留米市役所から金円を受領して執行不能に陥らしめたこととの間には、相当因果関係がないから、原告の請求は失当であると附陳し、立証<省略>

理由

原告会社は、訴外財木善次郎に対し確定判決に基く二六万一七四四円の債権を有していること、原告会社は、右訴外人を債務者、久留米市を第三債務者とし、昭和三〇年六月三〇日福岡地方裁判所久留米支部に一二万五〇〇〇円の債権差押命令を申請し、同支部は、翌七月一日同年(ル)第六四号を以て債権差押命令を発し、該命令正本は、翌二日債権者たる原告及債務者たる右訴外人に送達されたが、同支部が七月一日第三債務者たる久留米市に対する送達を執行吏に委任したのに拘らず、執行吏は、同月六日ようやく第三債務者に送達したこと及右訴外人が第三債務者から支払を受けて了つたため差押の効力をあげ得なかつたことについては、当事者間に争ない。

原告会社は、右裁判所が差押命令正本を債権者たる原告及債務者たる右訴外人に対する送達をも執行吏に委任したように主張するけれども、成立に争ない甲第五、六号証によつて、之等の送達は、郵便に付してなされたものであることは一見明瞭である。

先づ、右訴外人が久留米市役所に至つて本件金円を受領してしまつたのは、右訴外人に対する命令正本送達前であつたか、後であつたか、前だとすればその時刻が問題となるので、証人財木善次郎、同近藤茂人の各証言を調べると、訴外財木は、久留米市に対して一二万五〇〇〇円の請負代金債権を有し、その支払期日が昭和三〇年七月二日であることは、財木の知悉するところであり、同人は、同日九時頃久留米市役所に至り、土木課において支払手続が完了していることを確めた上、会計課で金券を受取り、同市役所内にある福岡銀行出張所から現金を受領したのが同日午前一〇時前であつたことを認めるに足る。而して、前掲甲第六号証によれば、債権差押命令正本が財木方に送達されたのは同日午前一〇時であるから、財木は、右正本の送達される前久留米市役所から右金円を受領したものと認めざるを得ない。

そうすると、仮りに、差押命令正本が債務者たる財木に対する送達と同じ時刻に第三債務者たる久留米市に送達されていたとしても、時既に遅く差押の効果をあげ得ずして終つたであろうと考えられるから、被告代理人の仮定的主張の如く、第三債務者に対する送達が遅れたこと換言すれば執行吏の注意義務違反と、本件差押不能との間には、相当因果関係がないことになり、原告の請求は失当と云わざるを得ない。

然しながら、執行吏の注意義務に対する判断は、法律上の解釈であるから、たとえ、原告が本件において、債権差押命令正本の送達は債権者、債務者及第三債務者に対し同日にされるべきであると主張するに止まつても、裁判所は、その主張の範囲に拘東されてそれ以上に出でることができないものではなく、寧ろ、本件の具体的事案が執行吏の注意義務違反となるか否かを検討する義務があると考えるので、以下この点について判断を示すこととする。

証人田中義雄、同稲益フミカの各証言によれば、第三債務者だけに対する本件送達の委任は、七月一日午後三時頃から五時頃までの間になされたのである。然るに、債務者たる訴外財木善次郎は、翌二日午前九時頃に第三債務者たる久留米市から金円受領の手続をなしたのであるから、執行吏たるものは、前日の執務時間終了の直前に受任した本件送達を、翌日の執務開始前までに送達を完了すべき義務があるか否かに帰する。ところが、夜間送達は、裁判所の許可を得なければならないから、この場合時間的に不可能である。そうすると執行吏は、七月一日執務時間終了の午後五時頃から日没前である午後七時三一分までか、翌二日の日出五時一八分から執務開始時刻午前八時三〇分頃までか、に送達を終えるべき義務があるか否かということになる。(日没日出時刻は当裁判所に顕著である)

なるほど、最高裁判所規則第二三号執行吏事務処理規則第一八条には、事件が急を要するものである場合には、執務時間外でも委任に応じて事件を処理しなければならないと規定している。本件が急を要するものであることは論を侯たないし、受任当時執行吏役場には女事務員だけで、執行吏も代理者も不在であつたことは、証人稲益フミカ、同田中浪江の各証言で窺い得るが、かくの如き事情は、執行吏の免責事由とはなり得ないけれども、執行吏の執務の実状は、役場内でなす事務よりも部外に出張する場合が多く、役場に帰る時刻も一定せず、応々にして日没後に及ぶことも少なくないことは、証人田中浪江の証言によつて認め得る。かかる事清あればこそ、本件の如き時間を争う送達に於ては、裁判所の係員が執行吏にその旨を指示することは、証人田中義雄の証言で窺い得るが、債権者も亦自ら執行吏役場に赴き、希望する送達方法をとるよう処置を構ずべきであると考える。然るに、記録を通してかかる指示や処置のとられた形跡の認められない本件に於て、執行不能に陥つた後その責任をことごとく執行吏に帰することは妥当でない。

本件に於て、執行吏が委任された送達を五日の長きに渉つて放置したことは遺憾ではあるが、以上説明のとおりの事情で、執行吏にその責を負わせるべきではないと考えるので、之を前提とする原告の請求を棄却せねばならないから、民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 本間徹弥)

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